今月の俳句」カテゴリーアーカイブ

2025年8月の俳句

華凜主宰の俳句

銘仙の蝶

落ちてより夢のつづきを夏椿

対岸の稜線蒼し鑑真忌

銘仙の蝶の乱るる太宰の忌

羅の秘色でありて柳腰

老鶯や文士好みの隠れ宿

雨の夜の白暮れ残る半夏生

黒南風に乗り来コリアン通信船

悪人は青き隈取五月雨

蛍火や何故に心がさみしがる

雑詠 巻頭句

舌頭にまろく転がす新茶かな

柳生清秀

句評 今年もまた、生きて新茶をいただけたという幸せが伝わる。新茶の
瑞々しい香や、やさしい甘味を舌頭に転がしつつしみじみと味わう作者。 華凜 

雑詠 次巻頭句

朝顔の葉に隈取りの団十郎

小林一美

句評 「団十郎」という歌舞伎役者の名をもつ朝顔はえび茶色の花を咲かせる。
俳人好みの朝顔だと思う。葉をよく見るとしっかりと隈取りの形があり驚いた。 華凜

誌上句会 特選句

古山丈司選

葉桜となりて吉野の静心

立花綾子

有本美砂子選

風薫る転校生につくあだ名

安野妙香

岩田雪枝選

麦秋の三鬼愛せし神戸の灯

安野妙香

下田育子選

大航海時代の地図へお風入

菅原くに子

近詠

小林一鳥

身辺の草花

一本の草にも永き日の及ぶ

葉桜といふ制服に着替へたる

雪柳怒濤の如く咲きにけり

薔薇の園諷詠日和賜りし

姫小判草とて風に抗へる

清楚なる夜明の色の花水木

時計草十時十分三十秒

福島津根子

海よりの風

遙かなる紀淡海峡夏霞

雛芥子の彩を揺らしてをりにけり

新緑を抜け新緑の只中へ

林立の滴る山の息吹かな

そこここに卯の花咲ける杣の道

国生みの茅花流しに吹かれゐて

海よりの風を映して田水張る

2025年7月の俳句

華凜主宰の俳句

羽衣

扁額の「心」てふ字の夏めきぬ

羽衣のあらばあふちの花の辺に

逆光の海に船ゆく花とべら

潮満つる薄暑の月の港かな

小さき傘軒に吊して花空木

暁に産声あげて淡竹の子

路地奥に水の匂や鉄線花

女らの厨かしまし祭ずし

水中花問はず語りのことば消ゆ

雑詠 巻頭句

後書のごとくに残る桜かな

太田公子

句評 人にはそれぞれ毎年の桜に纏わる物語がある。残る桜をその物語の
「後書」と思い眺める作者。写生会での一番人気の句。諷詠誌の編集後記を
長年務める作者ならではの言葉との出会い。 華凜 

雑詠 次巻頭句

咲き満つるとき花冷の定まりぬ

金田志津枝

句評 「花冷」とは美しくまた寂しさを伴う季語だと思う。満開の花の時、
その美しさと寂しさは頂点に達するという。「定まりぬ」に真っ直ぐな心と
強い意志を感じた。 華凜

誌上句会 特選句

下田育子選

祭笛ミトコンドリア騒ぎ立つ

福田光博

古山丈司選

亀鳴くは鐘の余韻か天王寺

逢坂時生

有本美砂子選

春愁や百から順次七を引く

川原一樹

岩田雪枝選

春夕焼北上川を流れゆく

𠮷永友子

同行二人競詠五句 お題「蝉」

沖 省三

ありがとう

緑さす山静やかに目覚めけり

ありがとう友の遺言蝉時雨

夕蝉や白布の母に添ひ寝する

経机半紙に沁みる蝉の声

何もなき日々ありがたし蝉しぐれ

山本光一

夏のドラマ

蝉の声土の中へと響きけり

七夕や年に一度のドラマ観る

天気図もドラマチックに梅雨明けす

ゲリラ雷雨気象予報士悩みけり

晩夏光ドラマはやがて佳境へと

2025年6月の俳句

華凜主宰の俳句

いろはにほへと

見返りて愛染坂に春惜む

春陰に不動明王黙深し

霊水の春水にして音ゆたか

余りたる生などなかり躑躅燃ゆ

山藤の間に間に聞ゆ水の音

春の行く富士の頂白きまま

芍薬の蕾に真夜の息づかひ

地車や子の揺れやまぬ肩車

牡丹散るいろはにほへとちりぬるを

雑詠 巻頭句

一睡の夢のつづきの山桜

古山丈司

句評 一読、吉野山の桜が眼前に広がった。「一睡の夢」は人の世の栄華、
人生の儚さのたとえ。哀史を思いつつ山桜の美しさに魅了される。 華凜 

雑詠 次巻頭句

鳥帰る倚松庵より見る夕日

丸田淳子

句評 谷崎旧居である倚松庵を訪れた作者は、夕日に染まる空を鳥が帰る
様子を眺めているのだろう。美しい物語のような一景。作者はいつも
さらりとお着物を着ている。 華凜

誌上句会 特選句

岩田雪枝選

花吉野全山煙る三万本

川原一樹

下田育子選

けふの帯考へてゐる朝寝かな

青山夏実

古山丈司選

ふきのたう摘みにお出でと生家より

小林小春

有本美砂子選

針穴を糸が逃げゆく目借時

水口康子

近詠

有本美砂子

引く潮も満ちくる潮も春の海

春潮に屋島の影の浮き沈み

春風をまとふ海辺のテラス席

島影のいくつ重なり春時雨

ボサノバの耳にかすかな春の闇

春の宵揺蕩ふものに舫ひ舟

竜の眼のやうな水底月朧

太田公子

花遍路

花遍路河津桜に山桜

先達の真つ赤な遍路納経帳

はち切れんばかりのリュック徒遍路

GPS待つ少年の徒遍路

遍路宿給仕の語尾の国ことば

無縁塔あり満開の花の下

本堂の前にふらここある不思議

2025年5月の俳句

華凜主宰の俳句

花の頃

くちびるは花より淡し花の頃

まだ雨を知らぬ初花なりしかな

心いま浮世はなるる桜人

踏切の音をとほくに夕桜

けふの私あしたはゐない夕桜

花の門出でて入りぬ花の闇

小面の白に揺らぎぬ花篝

花冷や刺身包丁すつと引き

遺言を書きてペンおく花月夜

雑詠 巻頭句

椿咲く踏絵の歴史残る島

下田育子

句評 踏絵の哀史を今なお感じる五島列島を訪れた作者。真っ青な空と
海の美しさに歴史を思い佇む。そこに一途に咲く真っ赤な椿の命に胸を
打たれた。 華凜 

雑詠 次巻頭句

春早しシャガールの絵の青い馬

増田紀子

句評 春とは名ばかりで体感的にはまだ寒いが、その光に以前南仏の
シャガール美術館で観た浮遊する青い馬の絵がふと思い出された作者。
鋭い感性が生んだ取り合わせの句。 華凜

誌上句会 特選句

有本美砂子選

やうやくに静かな時間蜆汁

藁科稔子

岩田雪枝選

実朝忌文武両道侭ならず

柳生清秀

下田育子選

実朝忌文武両道侭ならず

柳生清秀

古山丈司選

今はただ太郎ひとりが雪下ろし

山形惇子

同行二人競詠五句 お題「更衣」

奥村芳弘

風羽織る

マネキンの大胆不敵衣がへ

白きもの引つ張り出して更衣

腹囲なほ発展途上ころもがへ

シュッとせる人羨まし更衣

衣更へ後はそよ吹く風羽織る

吉田知子

夢いくつ

髪色を変へて始める更衣

夢いくつ広げ畳んで更衣

ポケットに見慣れぬコイン更衣

更衣終はらぬ内におしやれして

ファッション街神戸丸ごと更衣

2025年4月の俳句

華凜主宰の俳句

ざはざはと

楊貴妃といふ紅梅の濡れもして

美しき眉根寄す妓よ春寒し

紅梅や隈取の紅尽したる

歌麿のをんな春呼ぶおちよぼ口

春障子きつねこんこん指の影

いぬふぐり言葉足らずの児のいとし

うらわかき風と遊びて下萌ゆる

椿落つ明日満つ月を待たずして

月満つるらし桜の芽ざはざはと

雑詠 巻頭句

初雪や胡粉を被たり高野杉

鈴木貞雄

句評 日本画の世界に入り込んだような句。奥の院へ続く高野山の
道を行く作者。高野杉に降り、朝の日をあびる初雪の輝きは貝殻を
くだいた画材「胡粉」のよう。凜とした空気感まで伝わってくる。 華凜 

雑詠 次巻頭句

美しき牡鹿が道に恵方かな

久保田まり子

句評 神の使いと言われる鹿。古都奈良の鹿は神鹿とも呼ばれる。
「美しき牡鹿」の濡れるような黒黒とした瞳は「こちらが恵方で
ある。」と指し示しているように思えた。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

夢よりも淡き色して母子草

水口康子

中谷まもる副主宰選

天下布武山河静かに初景色

加藤夕理

金田志津枝選

とんど焚く神輿庫には鍵かけて

山田東海子

柳生清秀選

忘るるもまた良きことや日向ぼこ

小河フク子

近詠

鈴木貞雄

千金の刻

吉兆の松明占やお水取

なつかしき被布も飾りて雛祭

荒東風や海は兎の跳べる波

千金の刻をとどめて花吹雪

糸桜揺れて天女の裔かもと

ふところに学徒慰霊碑老桜

風光るときまつさきに人光る

久保田まり子

風の襞

冬ごもりゐても一日にある遅速

君よりも若き真冬の父母の夢

たまはりし余生に咲ける水仙花

松過ぎの川を越え来る田の煙

水底に別の夕暮れ冬近し

吹かれ来し薄氷にある風の襞

立春の音なき雨に濡れもして