今月の俳句」カテゴリーアーカイブ

2025年6月の俳句

華凜主宰の俳句

いろはにほへと

見返りて愛染坂に春惜む

春陰に不動明王黙深し

霊水の春水にして音ゆたか

余りたる生などなかり躑躅燃ゆ

山藤の間に間に聞ゆ水の音

春の行く富士の頂白きまま

芍薬の蕾に真夜の息づかひ

地車や子の揺れやまぬ肩車

牡丹散るいろはにほへとちりぬるを

雑詠 巻頭句

一睡の夢のつづきの山桜

古山丈司

句評 一読、吉野山の桜が眼前に広がった。「一睡の夢」は人の世の栄華、
人生の儚さのたとえ。哀史を思いつつ山桜の美しさに魅了される。 華凜 

雑詠 次巻頭句

鳥帰る倚松庵より見る夕日

丸田淳子

句評 谷崎旧居である倚松庵を訪れた作者は、夕日に染まる空を鳥が帰る
様子を眺めているのだろう。美しい物語のような一景。作者はいつも
さらりとお着物を着ている。 華凜

誌上句会 特選句

岩田雪枝選

花吉野全山煙る三万本

川原一樹

下田育子選

けふの帯考へてゐる朝寝かな

青山夏実

古山丈司選

ふきのたう摘みにお出でと生家より

小林小春

有本美砂子選

針穴を糸が逃げゆく目借時

水口康子

近詠

有本美砂子

引く潮も満ちくる潮も春の海

春潮に屋島の影の浮き沈み

春風をまとふ海辺のテラス席

島影のいくつ重なり春時雨

ボサノバの耳にかすかな春の闇

春の宵揺蕩ふものに舫ひ舟

竜の眼のやうな水底月朧

太田公子

花遍路

花遍路河津桜に山桜

先達の真つ赤な遍路納経帳

はち切れんばかりのリュック徒遍路

GPS待つ少年の徒遍路

遍路宿給仕の語尾の国ことば

無縁塔あり満開の花の下

本堂の前にふらここある不思議

2025年5月の俳句

華凜主宰の俳句

花の頃

くちびるは花より淡し花の頃

まだ雨を知らぬ初花なりしかな

心いま浮世はなるる桜人

踏切の音をとほくに夕桜

けふの私あしたはゐない夕桜

花の門出でて入りぬ花の闇

小面の白に揺らぎぬ花篝

花冷や刺身包丁すつと引き

遺言を書きてペンおく花月夜

雑詠 巻頭句

椿咲く踏絵の歴史残る島

下田育子

句評 踏絵の哀史を今なお感じる五島列島を訪れた作者。真っ青な空と
海の美しさに歴史を思い佇む。そこに一途に咲く真っ赤な椿の命に胸を
打たれた。 華凜 

雑詠 次巻頭句

春早しシャガールの絵の青い馬

増田紀子

句評 春とは名ばかりで体感的にはまだ寒いが、その光に以前南仏の
シャガール美術館で観た浮遊する青い馬の絵がふと思い出された作者。
鋭い感性が生んだ取り合わせの句。 華凜

誌上句会 特選句

有本美砂子選

やうやくに静かな時間蜆汁

藁科稔子

岩田雪枝選

実朝忌文武両道侭ならず

柳生清秀

下田育子選

実朝忌文武両道侭ならず

柳生清秀

古山丈司選

今はただ太郎ひとりが雪下ろし

山形惇子

同行二人競詠五句 お題「更衣」

奥村芳弘

風羽織る

マネキンの大胆不敵衣がへ

白きもの引つ張り出して更衣

腹囲なほ発展途上ころもがへ

シュッとせる人羨まし更衣

衣更へ後はそよ吹く風羽織る

吉田知子

夢いくつ

髪色を変へて始める更衣

夢いくつ広げ畳んで更衣

ポケットに見慣れぬコイン更衣

更衣終はらぬ内におしやれして

ファッション街神戸丸ごと更衣

2025年4月の俳句

華凜主宰の俳句

ざはざはと

楊貴妃といふ紅梅の濡れもして

美しき眉根寄す妓よ春寒し

紅梅や隈取の紅尽したる

歌麿のをんな春呼ぶおちよぼ口

春障子きつねこんこん指の影

いぬふぐり言葉足らずの児のいとし

うらわかき風と遊びて下萌ゆる

椿落つ明日満つ月を待たずして

月満つるらし桜の芽ざはざはと

雑詠 巻頭句

初雪や胡粉を被たり高野杉

鈴木貞雄

句評 日本画の世界に入り込んだような句。奥の院へ続く高野山の
道を行く作者。高野杉に降り、朝の日をあびる初雪の輝きは貝殻を
くだいた画材「胡粉」のよう。凜とした空気感まで伝わってくる。 華凜 

雑詠 次巻頭句

美しき牡鹿が道に恵方かな

久保田まり子

句評 神の使いと言われる鹿。古都奈良の鹿は神鹿とも呼ばれる。
「美しき牡鹿」の濡れるような黒黒とした瞳は「こちらが恵方で
ある。」と指し示しているように思えた。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

夢よりも淡き色して母子草

水口康子

中谷まもる副主宰選

天下布武山河静かに初景色

加藤夕理

金田志津枝選

とんど焚く神輿庫には鍵かけて

山田東海子

柳生清秀選

忘るるもまた良きことや日向ぼこ

小河フク子

近詠

鈴木貞雄

千金の刻

吉兆の松明占やお水取

なつかしき被布も飾りて雛祭

荒東風や海は兎の跳べる波

千金の刻をとどめて花吹雪

糸桜揺れて天女の裔かもと

ふところに学徒慰霊碑老桜

風光るときまつさきに人光る

久保田まり子

風の襞

冬ごもりゐても一日にある遅速

君よりも若き真冬の父母の夢

たまはりし余生に咲ける水仙花

松過ぎの川を越え来る田の煙

水底に別の夕暮れ冬近し

吹かれ来し薄氷にある風の襞

立春の音なき雨に濡れもして

2025年3月の俳句

華凜主宰の俳句

髪の冷

白き月その身に宿し寒牡丹

侘助や姉と慕ひし人のこと

上方の役者ぶりよき寒鴉

冬菊に小雪てふ名を付けたかり

雪の夜の吾の言の葉の雪となる

天心の月に道あり瀧凍つる

寒星の一つおとうとかと思ふ

久女の忌戻り来し夜の髪の冷

そと置かれ文のごとくに梅一枝

雑詠 巻頭句

時雨るるや人はほろりと消えてゆく

森本昭代

句評 目の前にいた人が消える。時の雨と書く時雨のように、天へと
帰っていったのだろう。夫恋の句である。誰もがこの世に生き、ほろりと
消えていくという定めを感じた。 華凜 

雑詠 次巻頭句

冬の月無音で帰る消防車

安野妙香

句評 大気が澄んで空の藍が深まっているせいか、冬の月の輝きは
畏怖を感じる。消防車とあるので火事の後であろう。死者も出たの
かもしれない。言葉にはないが、静かな哀しみが句から感じられる
のは筆者だけであろうか。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

裸木となりて又兵衛桜かな

中谷まもる

中谷まもる副主宰選

眼も脚も達者なうちに鶴に会へ

前田昌子

金田志津枝選

初旅の地図になき川渡りけり

水口康子

柳生清秀選

炭継いでまた静寂といふ時間

有本美砂子

同行二人競詠五句 お題「卒業」

石橋直子

青き辞

ハットトス弾ける声や卒業す

ものの芽の真直に向ふ空青し

確と受く青き辞や卒業す

未知なりしZ世代の卒業す

アルバムに残りし笑顔卒業子

中松育子

卒業式

教室の日捲り卒業は間近

教員バンド卒業生を祝福す

制服の丈の短し卒業生

卒業式呼名にこたふ涙声

教へ子を見送る袴梅香る

2025年2月の俳句

華凜主宰の俳句

君眠る

読初の古事記大蛇のところより

大枯野かつて天動説の空

鰭酒の夜を灯して港町

山茶花や恋とも言へぬ恋をして

 令和六年十二月二十日、弟高広五十四歳にて逝く。

君眠る六甲の山眠るとき

こんなにも美しき冬日に迎へられ

時雨虹母より先に泣くまいぞ

さみしさに己が肩抱く冬至風呂

やうやくに涙あふれて年の逝く

雑詠 巻頭句

影ありて大綿に白現れる

石田陽彦

句評 ゲーテの言葉「光あるところに影あり」は真理だと思う。
この句にはその逆の真理を感じた。大綿の白は光。しっかりとした
写生の目が、この世を照らす小さな光を捉えた。 華凜 

雑詠 次巻頭句

帰り咲く左近の桜神さびて

森本昭代

句評 春に咲く桜が、冬のあたたかな日差しに帰り咲いている様子は
神の御業のよう。御所内裏の庭の「左近の桜」なら殊更、神々しく輝く。
下五の「神さびて」が見事。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

冬ぬくし姫街道に目安箱

柴田のり子

中谷まもる副主宰選

嚔して俊太郎の詩諳んじる

石川かずこ

金田志津枝選

大根抜き畑の底を覗き見る

下田育子

柳生清秀選

YESかNOか神農の虎の首

奥田美恵子

近詠

石井のぼる

露天神

時雨るるや笙篳篥の流る宮

この地にてお初徳兵衛寒桜

仰山の恋絵馬集ひ近松忌

山茶花や崩れやすきは恋の常

凩の吹いて恋絵馬立つ気配

露天神抜けて大路の黄落期

黄落や梅田曽根崎新御堂

岡本和子

逆光の島

波音の果つることなし秋夕焼

黒ぐろと逆光の島新松子

産土の校歌の山を月渡る

城壁を映す濠の辺野紺菊

木材を流せし河口鴨の群

峰寺の朝の茶の花清清し

大らかな慈悲といふ軸冬座敷