柳生清秀
小さき平和
一病もなきは善し悪し去年今年
除夜の鐘聞きて兎に迎へらる
膳に載る年酒缶入ハイボール
初詣小さき平和願ひけり
皺寄るが倖多かれと宝船

鈴木貞雄
一
一歩踏み出して初日を拝しけり
国宝の一の宮より初詣
筆鋒の一という字を筆始
真田紐解いて一と振り初稽古
魁の瑞の一枝の梅白し
一病もなきは善し悪し去年今年
除夜の鐘聞きて兎に迎へらる
膳に載る年酒缶入ハイボール
初詣小さき平和願ひけり
皺寄るが倖多かれと宝船
一歩踏み出して初日を拝しけり
国宝の一の宮より初詣
筆鋒の一という字を筆始
真田紐解いて一と振り初稽古
魁の瑞の一枝の梅白し
秋晴を明日香に遊び使ひきる
色草のどちら向きても正面に
真弓の実嘘のつけない我ならむ
一稿を上げて式部の実を揺らす
水清き里に嫁ぎて貴船菊
生れ来る子の名あれこれ小鳥来る
戌の日に腹帯もらひ冬仕度
秋まつり子役は母の紅つけて
木の実降る日向日陰の音立てて
旅情ふと月があまりにきれいから
谷川和子
句評 話をするように俳句を詠む作者。関西育ちの筆者の心には
「きれいから」という神戸弁が響いた。仲秋の名月の美しさに旅情が湧く。
華凜
また霧の迎へくれたる丹波行
有本美砂子
句評 この句を読み下した瞬間、丹波の山々を覆う霧の景が浮んだ。
筆者は丹波に住んでいたことがあり、この時期の霧の幻想的な雰囲気を
思い出した。「迎へくれたる」がよい。 華凜
子規佇ちし芋坂に佇ち十三夜
吉永友子
駅員の外す貼紙燕去ぬ
太田公子
のぼさんと呼れ親しき子規忌かな
柳生清秀
ねぶた師の妻が目を描き出来上る
梅田咲子
一人遊び好きな小鳥をみて飽きず
誰も来ずメールも無き日小鳥来る
小鳥来る図鑑繙く指忙し
唇に指立てて小鳥のゐる合図
探鳥会の人には見えている小鳥
小鳥来るしあはせいつぱい振り撒いて
この森が好きで幾千鳥渡る
槌音のよく響く日や稲架を組む
お天道様尊ぶ暮し稲架かける
一村に余りあるほど秋晴るる
天空に近づく棚田曼珠沙華
稲の束背負ひ嬉しき重さなり
栗ごろごろ赤阪村の栗御飯
穫り入れを了へて棚田に十三夜
冷やかや面の内より見る浮世
万葉のうたを携へ月の道
松風も水音も月の客として
良夜かな有馬の湯女の赤襷
湯浴みして月の女人となりしかな
妓の仕草真似ていただく月見酒
宴更けてますほの芒壺に足す
秋草のなべて王朝風なりし
江戸の世の旅は徒なり秋の風
一葉落つ先の一葉を追ふやうに
古山丈司
句評 「一葉」を心で深く観て写生し、平明な言葉で句にされた。
天地自然の理と人生のそれとを重ねられた作品となっている。作者の
作風には魅力がある。 華凜
大花火しだれて黒き信濃川
中谷まもる
句評 一読「しだれて黒き信濃川」の措辞に心を奪われた。信濃の
真っ暗な夜を大花火が照らし、川へとしだれ落ちる。明と暗の対比。
刹那の美。 華凜
己が影見つめるばかり思ひ草
吉田るり
わが痛み探り当てたる竹婦人
藤垣幸子
九重より阿蘇の空へと天の川
岡田隆太郎
大根蒔く元校長の無精ひげ
蟻川美穂
息止めてゐしごと咲きて帰り花
美術館裏の静けさ帰り花
帰り花隠し櫓の跡にかな
帰り花明日香猿石亀石と
帰り花離れはつきり見えてきし
京都御所公開の日の帰り花
主なき京都御所なる帰り花
御座船の浮ぶ内堀帰り花
仲間よりはぐれて会ひし帰り花
帰り花昨日一輪今日二輪
初秋や愛宕山へと雲動く
海風のはげしき日なり霊迎
盆の月上りて命重さうに
稲妻に発止と浮ぶ沖の船
浜に着く二百十日の石かろし
窯元の七つある里月見豆
浮舟の墓を訪ねて露の宇治
よすがあり庵に台湾杜鵑草
丈高く活けて花野の風情かな
万緑を抜けて心の襞増ゆる
鈴木貞雄
句評 万緑という季題は生命力に溢れている。見渡すかぎりの緑の森林を
抜けて来た作者の心には新しい力、感性の織り成す「心の襞」が生まれて
いたのだと。読むだけで心が豊かになるよう。見事。 華凜
目つむれば滝音我を包み込む
下橋潤子
句評 この句を読んだ瞬間、思わず目を閉じた。すると筆者にも包み込む
ような滝音が聞こえた気がした。俳句は言葉の写生。聴覚に訴え、記憶を
呼び覚ます。 華凜
アイロンを当てる背中の扇風機
𠮷田知子
小津映画見てゐるやうな雲の峰
福本せつこ
箱庭より母の呼ぶ声聞えくる
末永美代
戦禍の地思ふゴツホの麦畑
逢坂時生
炎天や一直線に続く道
次次に川に飛び込む裸ん坊
日にかざす透し模様や奈良扇
火の列のうねりて進む虫送り
送り火や妣は方向音痴なりし
京洛のネオンは消えて大文字
精霊と供に消えゆく大文字
小暗さの安らぐ広さ夏座敷
誰もゐぬ仏間に焚かれ蚊遣香
勤勉な汗には労ひの言葉
聞えないふりも上手に心太
雫まで見するものとし軒忍
大夕焼吸ひ込まるごと行く列車
顧みて悔のなかりし走馬灯
胎内に心音抱き月涼し
夏の月地球儀にある海いくつ
花氷とどめたしとは思へども
閻王に会うてしこたま雨に会ふ
夜の部は恋におぼれて夏芝居
炎帝の御池通を総べにけり
凱旋の大船鉾はくじ取らず
古都涼しだらりの帯に月鉾が
いつまでも祇園囃子を見送りぬ
鉾祭近づく今日は立夫の忌
中谷まもる
句評 六月二十六日の朝、日本伝統俳句協会総会へ出席するため東京へ。
まもる副主宰に「今日は父の命日です。雑草会お願いします。」とメール
送信。句会では皆で黙祷を捧げ、揚句詠まれたと。まもるさん、いつも
ありがとうございます。 華凜
聖五月与へ尽して逝きにけり
森本昭代
句評 とても仲睦まじいご夫婦だったと聞く。お写真で拝見したご主人は
優しい笑顔だった。句会場の隣にある高槻教会には美しいマリア様の像が
ある。作者からご主人様への感謝の思い。 華凜
でこぼこの地球たひらに登山地図
奥田美恵子
でこぼこの地球たひらに登山地図
奥田美恵子
ねぢりつつ真つすぐ育ち文字摺草
髙三節子
写経筆置きて狭庭の濃あぢさゐ
木下紀子
露草の今朝の名残の秘めてをり
露草の紫源氏好みかと
露の世のちちよと鳴きし虫のこと
虫の音の夜露にいよよ澄みにけり
露の世と言へど一隅照らしたし
露の世や師の帽子手に思ひ出も
句と骨を残し露の世旅立たる
襟足の露けき頃となつて来し
露分けてこの道ゆけば彼の人に
衣に手を通して露の野道行く
その人を思へば沙羅の散ることよ
著莪の花父ほんたうはさみしがり
紫陽花の藍におのづと静心
たまゆらの夜風入り来し網戸より
清流に見立て鮎描く扇かな
文字摺草ひとふみ箋の減り早し
紙魚の書の金言古ぶことなかり
夕といふ別れの時間花木槿
底紅の紅に触れたき小さき罪
植女ゐて下植ゐて御田祭
髙木利夫
句評 夜半の〈郭女の植女なりせば眉目透く笠〉を思い出した。昔、
住吉の御田植祭の「植女」は新町の芸妓がつとめていたそう。「植女」
「下植女」「御田祭」と季語を並べ、作者特有の艶のある句となった。
季題は「御田祭」。 華凜
時計屋のいろんな時間春惜む
菅原くに子
句評 「春惜む」の季題が句によく現れている。昭和レトロな時計屋を
思う。「いろんな時間」が心に響く。いろいろな時計、少し時間のズレて
いるものも。時の流れを惜しむかのよう。 華凜
父の日や父の知らざる世を歩む
森本昭代
更衣金曜に来るバスを待つ
松岡照子
旅に出て父とつなぐ手子供の日
太田倫子
車椅子の母の手庇桐の花
赤川京子