今月の俳句」カテゴリーアーカイブ

句集 花の雲

金田志津枝 諷詠同人

自選十五句

海よりの秋声海に消えにけり

蛍火の草より草に零れけり

来し方の見ゆるや花の雲の中

麹町三番町の燕の巣

そんなとき笑つてみよと山笑ふ

鬼やらひだけは大きな声出して

捜すこと勿れ涼しきところに居

秋桜むかし絵踏の庭とあり

文字消えしことの露けき父祖の墓

セーターの赤に包まれ百二歳

栗ひとつ剥くためにあるよき時間

飛花と行く風と落花と遊ぶ風

沙羅の花子は吾が老に触れざりし

虫聞いてをり鍵穴を捜しつつ

薄氷に水のさびしさ見えにけり

  天界へ届く囀米寿美し  華凜

 金田志津枝さんは、私の母方の伯母である。教師だった彼女は幼い私に文学の
楽しさを教えてくれた師でもある。志津枝さんは花鳥諷詠の俳句をするために
生れて来たような人だと思う。彼女の話す声はまるで自然を賛美する囀のようで
ある。今私のもとに送られて来る志津枝さんの俳句は、天界にいる愛しい人達へ
届ける鎮魂歌である。
 愛する伯母へ                諷詠主宰 和田華凜

2021年11月の俳句

華凜主宰の俳句

月の秋

秋簾内緒話の京ことば

約束のしるしげんまん吾亦紅

月の秋女と書きてひとと読み

八千草の遊ぶ背山に妹山に

柝の入りて海に上るやけふの月

   喜界ケ島「平家女護島 俊寛」

俊寛の流刑伝説月の舟

別れの場裾を濡して月の波

流木にいま月光の届きたる

日に古色夕に古色や雁渡る

雑詠 巻頭句

四代目主宰は女流底紅忌

下橋潤子

句評 この度「底紅忌」が角川新歳時記にて新規立項季語となったことを受け、
祝句として詠まれた句と思う。曽祖父夜半の時代から四代の主宰のもと、諷詠にて
俳句の道をまっ直ぐ歩む作者に感謝。また「女流」と「底紅」に伝統を感じる。華凜 

雑詠 次巻頭句

ふるさとの利根よ筑波よ青田よと

金田志津枝

句評 望郷の心が溢れ出す。「利根よ筑波よ青田よ」とのリフレインが読み手の心を
打つ。俳句は詩である。この句を読み下ろすと、美しい青田と山河の景が目の前に
情感を持って広がる。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

吾の小指はなさぬ赤子秋日和

桧尾朋子

中谷まもる副主宰選

四つ辻は風の結び目赤とんぼ

黒田泰子

金田志津枝選

少年の石捨て帰る晩夏光

古山丈司

柳生清秀選

背戸誰も出這入り自由花カンナ

佐々木きぬ子

同行二人競詠五句 お題「鶴」

田村節子

鹿児島本線

神々の来給ふやうに鶴の来る

鶴守の小さき小屋より望遠鏡

鶴来る出水の人が好きなゆゑ

夫と妻寄添ひながら凍鶴に

鶴遊ぶ鹿児島本線行き来して

川合千鶴

鶴居村

一羽だけ外れし鶴のかうと啼く

丹頂の一斉に翔つ鶴居村

湿原は人を拒みて鶴の空

湿原にカムイぞ在し鶴の舞

鶴凍てる地平線まで白きなか

2021年10月の俳句

華凜主宰の俳句

底紅忌

瀧音を追ふ瀧音の早さかな

夏芝居仁左はほろ酔ひ鳶頭

鯔背なり仁左履く黒き祭足袋

ばさと邪気祓うて降魔扇風

亡き人の歳はとらざり水中花

過去帳に師の名加り夏椿

親子とは許し許され月涼し

月涼し命に限りあることも

文机に古し季寄や底紅忌

雑詠 巻頭句

風鈴の音だけ聞いてゐたき日も

寺西圭

句評 南部風鈴の透き通るような音が聞こえてくる。その音は作者の心の深い所まで
響いてくる。今日だけはこの美しい音だけを聞いて俗世のことは忘れていたい。
素直に詠んでいて誰の心にも響く秀句。 華凜 

雑詠 次巻頭句

日本海絵皿の如き大夕焼

黒田冬史朗

句評 作者は下関在住。「日本海」は玄界灘であろうか。「大夕焼」という大景を
「絵皿」に喩え、小宇宙を生みだした。巧みの技。燃えるような赤絵の皿が心に
見える。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

やはらかき里の方言ねぶの花

佐々木きぬ子

中谷まもる副主宰選

白靴にしてはどうかと妻の言ふ

奥村芳弘

金田志津枝選

走馬燈修羅場と化する寸前で

井狩たかし

柳生清秀選

段ボール二枚を敷きて三尺寝

小田恭一

近詠

下田育子

ねねの道

茅の輪潜りて師の句碑を訪ねけり

通称のねねの道なり花木槿

水の打ち方も中村楼なりし

落し水竹久夢二寓居跡

夫婦箸買ふ釣葱吊る店に

色街や昼を涼しく灯しをり

鍵善の葛切に終ふ京の旅

山形陽彦

夏芝居

見得を切る血染の衣裳夏芝居

殺し場も所作は優雅に夏芝居

壱太郎のお紺涼しき伊勢音頭

見所は祭に喧嘩夏芝居

松嶋屋三代涼し揃ひ踏み

かぶりつきは空席指定汗も飛ぶ

羅の粋筋二人桟敷席

2021年9月の俳句

華凜主宰の俳句

月光菩薩

禅僧の墨染衣沙羅の白

含羞草をとこの指に閉ぢしかな

白蓮や月光菩薩しづかなり

月鉾の護符に束ねて鉾粽

享保の佳き風起す扇かな

こいさんの扇いとはんより小さし

太郎冠者衣装高高土用干

御紋入り贔屓の茶屋の団扇風

玻璃の皿海に見立てて夏料理

雑詠 巻頭句

センセイサクラチリマスと一俳徒

松井良子

句評 「センセイサクラチリマス」の言葉を遺し、諷詠顧問同人の松井ふみを氏は
この世を去った。奥方の良子様がその言葉を句として、永遠に故人の魂を残した。
俳諧という文芸の極み。 華凜 

雑詠 次巻頭句

一巻は一夜語るによき蚊遣

大川生枝

句評 一句の十七音の中に小宇宙があり、読み手それぞれの心に物語が生れるような
秀句。一巻の蚊遣に懐かしい思い出が甦るよう。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

日本一美しい村青い罌粟

久保田教子

中谷まもる副主宰選

さみだれてアンのお化けの森となる

丸田淳子

金田志津枝選

水の香の中を流るる火振の香

今城仂

柳生清秀選

梅雨深し空の蛇口を閉め忘れ

安野妙香

同行二人競詠五句 お題「風の盆」

今井勝子

石垣と坂の町

闇切る風抱く袂風の盆

風の盆胡弓は腰をもて奏で

踊笠覗く朱唇のいとけなく

風の盆済ませお嫁に行くと言ふ

立山も称へて唄ふ風の盆

山田東海子

旅寝の枕

百選の道に灯点り風の盆

男にも科といふもの風の盆

盆唄の聞ゆ旅寝の枕まで

胡弓の音夜にしみ入る風の盆

水澄めり越中八尾は山の町

2021年8月の俳句

華凜主宰の俳句

単衣のひと

秋櫻子絶筆の書を曝しけり

黴の書に落款重し謡本

朱の衣ゆらら楊貴妃てふ目高

指南書のありても鳴らず水鶏笛

中折帽取りて鰻の肝所望

芝居観て江戸前鰻いただく日

便箋に小生とあり花菖蒲

ほたる橋渡り紫陽花浄土かな

推敲の単衣のひとの濃むらさき

雑詠 巻頭句

古九谷の青の涼しき山河かな

中谷まもる

句評 「涼し」という季題には体感的な涼しさと心性的な涼しさがある。
この句は古九谷の藍色に対する涼しさと山中温泉から大聖寺川上流の九谷村への
山河の景に対する二重の涼しさが心に感じられる秀句。 華凜 

雑詠 次巻頭句

古茶酌みて男正座を崩さざり

柳生清秀

句評 コロナ禍となり二年目。籠り居の暮らしを丁寧に平常心を持って続ける
作者の一本芯の通った心が「古茶」「正座」などの措辞に伺える。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

のどかさに指だけ起きし赤子かな

桧尾朋子

中谷まもる副主宰選

鮎美し吉野の月の色をして

和田華凜

金田志津枝選

それぞれに名のあるあはれ花菖蒲

黒田敦子

柳生清秀選

新しき恋してさらり夏衣

吉田知子

近詠

岩田雪枝

甲斐の山気

連山の谷間に甲斐の植田かな

若楓躑躅ケ崎の館跡

実桜や武田神社に能舞台

黄菖蒲の咲いて信玄公御墓所

山々に見守られつつ袋掛

山の気を吸ひて鈴蘭白清か

鈴蘭の仄かに匂ふ山路行く

菅原くに子

国境

西の富士東の筑波山登

山登る空を何度も手繰り寄せ

山登目指す山頂国境

登山道の馬頭観音旧街道

切り立ちし崖に滝音吹き出しぬ

滴りを受け止めてゐる石の肌

登頂の汗を称へてをりにけり

2021年7月の俳句

華凜主宰の俳句

釣瓶鮓

下市村入れば薫風見得を切る

権太の墓訪ふ菩提樹の花の頃

やはき文字屋号は弥助麻暖簾

歪みたる昭和の硝子鮎の宿

山躑躅遊女のごとく眺めやる

老鶯の見せ場心得役者ぶり

五十代続く老舗の蜘蛛ならむ

世の善悪一旦おきて釣瓶鮓

しつらひに吉野葛もて鮎の膳

雑詠 巻頭句

夜桜能開幕までは花めぐり

喜多真王

句評 作者は夜半の兄弟が宗家である喜多流能の文献を著し世に残す事に
尽力されている。毎年行かれる靖国神社の夜桜能を詠まれた。「開幕まで」の
時間も「花めぐり」とは花に贅な一日。夜桜能は幽玄の極み。華凜 

雑詠 次巻頭句

花見船西の丸にて折返す

山田東海子

句評 この句どこの「花見船」かは詠まれていないが「西の丸にて」とあるので
関西在住の読者は大阪城のあの御座船であると想像できるであろう。
太閤の城に満開の桜絵巻の見事な景が目の前に現れる。華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

古里のうどんやはらか祭笛

古山丈司

中谷まもる副主宰選

簡単に「落ちた」とメール大試験

梅田咲子

金田志津枝選

花筏ゆるりゆるりと風を乗せ

桧尾朋子

柳生清秀選

登山地図始発四人の膝の上

菅原和博