下田育子
ねねの道
茅の輪潜りて師の句碑を訪ねけり
通称のねねの道なり花木槿
水の打ち方も中村楼なりし
落し水竹久夢二寓居跡
夫婦箸買ふ釣葱吊る店に
色街や昼を涼しく灯しをり
鍵善の葛切に終ふ京の旅

山形陽彦
夏芝居
見得を切る血染の衣裳夏芝居
殺し場も所作は優雅に夏芝居
壱太郎のお紺涼しき伊勢音頭
見所は祭に喧嘩夏芝居
松嶋屋三代涼し揃ひ踏み
かぶりつきは空席指定汗も飛ぶ
羅の粋筋二人桟敷席
茅の輪潜りて師の句碑を訪ねけり
通称のねねの道なり花木槿
水の打ち方も中村楼なりし
落し水竹久夢二寓居跡
夫婦箸買ふ釣葱吊る店に
色街や昼を涼しく灯しをり
鍵善の葛切に終ふ京の旅
見得を切る血染の衣裳夏芝居
殺し場も所作は優雅に夏芝居
壱太郎のお紺涼しき伊勢音頭
見所は祭に喧嘩夏芝居
松嶋屋三代涼し揃ひ踏み
かぶりつきは空席指定汗も飛ぶ
羅の粋筋二人桟敷席
禅僧の墨染衣沙羅の白
含羞草をとこの指に閉ぢしかな
白蓮や月光菩薩しづかなり
月鉾の護符に束ねて鉾粽
享保の佳き風起す扇かな
こいさんの扇いとはんより小さし
太郎冠者衣装高高土用干
御紋入り贔屓の茶屋の団扇風
玻璃の皿海に見立てて夏料理
センセイサクラチリマスと一俳徒
松井良子
句評 「センセイサクラチリマス」の言葉を遺し、諷詠顧問同人の松井ふみを氏は
この世を去った。奥方の良子様がその言葉を句として、永遠に故人の魂を残した。
俳諧という文芸の極み。 華凜
一巻は一夜語るによき蚊遣
大川生枝
句評 一句の十七音の中に小宇宙があり、読み手それぞれの心に物語が生れるような
秀句。一巻の蚊遣に懐かしい思い出が甦るよう。 華凜
日本一美しい村青い罌粟
久保田教子
さみだれてアンのお化けの森となる
丸田淳子
水の香の中を流るる火振の香
今城仂
梅雨深し空の蛇口を閉め忘れ
安野妙香
闇切る風抱く袂風の盆
風の盆胡弓は腰をもて奏で
踊笠覗く朱唇のいとけなく
風の盆済ませお嫁に行くと言ふ
立山も称へて唄ふ風の盆
百選の道に灯点り風の盆
男にも科といふもの風の盆
盆唄の聞ゆ旅寝の枕まで
胡弓の音夜にしみ入る風の盆
水澄めり越中八尾は山の町
秋櫻子絶筆の書を曝しけり
黴の書に落款重し謡本
朱の衣ゆらら楊貴妃てふ目高
指南書のありても鳴らず水鶏笛
中折帽取りて鰻の肝所望
芝居観て江戸前鰻いただく日
便箋に小生とあり花菖蒲
ほたる橋渡り紫陽花浄土かな
推敲の単衣のひとの濃むらさき
古九谷の青の涼しき山河かな
中谷まもる
句評 「涼し」という季題には体感的な涼しさと心性的な涼しさがある。
この句は古九谷の藍色に対する涼しさと山中温泉から大聖寺川上流の九谷村への
山河の景に対する二重の涼しさが心に感じられる秀句。 華凜
古茶酌みて男正座を崩さざり
柳生清秀
句評 コロナ禍となり二年目。籠り居の暮らしを丁寧に平常心を持って続ける
作者の一本芯の通った心が「古茶」「正座」などの措辞に伺える。 華凜
のどかさに指だけ起きし赤子かな
桧尾朋子
鮎美し吉野の月の色をして
和田華凜
それぞれに名のあるあはれ花菖蒲
黒田敦子
新しき恋してさらり夏衣
吉田知子
連山の谷間に甲斐の植田かな
若楓躑躅ケ崎の館跡
実桜や武田神社に能舞台
黄菖蒲の咲いて信玄公御墓所
山々に見守られつつ袋掛
山の気を吸ひて鈴蘭白清か
鈴蘭の仄かに匂ふ山路行く
西の富士東の筑波山登
山登る空を何度も手繰り寄せ
山登目指す山頂国境
登山道の馬頭観音旧街道
切り立ちし崖に滝音吹き出しぬ
滴りを受け止めてゐる石の肌
登頂の汗を称へてをりにけり
下市村入れば薫風見得を切る
権太の墓訪ふ菩提樹の花の頃
やはき文字屋号は弥助麻暖簾
歪みたる昭和の硝子鮎の宿
山躑躅遊女のごとく眺めやる
老鶯の見せ場心得役者ぶり
五十代続く老舗の蜘蛛ならむ
世の善悪一旦おきて釣瓶鮓
しつらひに吉野葛もて鮎の膳
夜桜能開幕までは花めぐり
喜多真王
句評 作者は夜半の兄弟が宗家である喜多流能の文献を著し世に残す事に
尽力されている。毎年行かれる靖国神社の夜桜能を詠まれた。「開幕まで」の
時間も「花めぐり」とは花に贅な一日。夜桜能は幽玄の極み。華凜
花見船西の丸にて折返す
山田東海子
句評 この句どこの「花見船」かは詠まれていないが「西の丸にて」とあるので
関西在住の読者は大阪城のあの御座船であると想像できるであろう。
太閤の城に満開の桜絵巻の見事な景が目の前に現れる。華凜
古里のうどんやはらか祭笛
古山丈司
簡単に「落ちた」とメール大試験
梅田咲子
花筏ゆるりゆるりと風を乗せ
桧尾朋子
登山地図始発四人の膝の上
菅原和博
どんどこ舟大阪締で締めながら
どんどこ舟木場の漢の競ひ声
横顔のきりりどんどこ舟の長
祭顔どんどこ舟を任されて
見物の人とも手締どんどこ舟
天神の闇夜を残す大花火
百態の笑ひ顔あり船渡御
この月に天神祭映りしか
神輿乗る天神さんも祭好き
燃え尽きて天神祭浪速つ子
駄菓子屋の入口狭し風車
漱石の猫は三毛猫春の月
のどけしやバス待つ時間香立てて
囀の昼なほ暗き高野杉
みろく石片手に重し春かなし
花下抜けて愛染堂に休みけり
さくらにも余生と言へる時のあり
合の手は姉さの役目茶摘唄
島人の婚の約束花海桐
涅槃図を巻けば衆生の泣き止みぬ
小林一鳥
句評 生きとし生けるもの一切の生物=衆生が嘆き哀しむ様を描く涅槃図を見て
いると泣き声まで聞こえてくる。巻き上げると同時にぴたりと泣き声が止む。
心の声までも写生。作者の俳諧魂に感服。華凜
百態に曲りいかなご煮上りぬ
今井勝子
句評 兵庫県の春の名産品と言えばいかなごの釘煮。「百態」の措辞がその姿を
見事に表現している。あちらを向きこちらを向き全て違う曲り様に煮上がる。華凜
窯元の子にぶらんこの庭のあり
髙木利夫
急ぎゐる花や心の追ひつかず
川合千鶴
涅槃西風親の期待にそへぬまま
佐々木きぬ子
雪洞を吊り墨堤の花を待つ
岡田隆太郎
伊賀越の道に飛びつく草虱
虚子詠みしその掛稲の見当らず
案山子翁父に似せたるつもりなく
籾殻焼く煙の覆ふ伊賀盆地
ときに重くときには軽く藁砧
伊賀焼の肌のぬくもり衣被
干大根鈴鹿颪をたのみとす
夜霧わく町に稽古の山車囃子
町を練る九基の桜車秋祭
赤鬼も小鬼も祭酒に酔ひ
小鳥来る鍵屋の辻のしるべ石
仇討の辻と伝へて紅葉茶屋
冬に入る俳聖殿の太柱
翁生家訪ふ人はまれ枇杷の花
時雨忌の時雨に逢ふも句のえにし
悴みて田楽茶屋の火に寄りぬ
ねんねこを着て母なるや祖母なるや
底冷の伊賀の紐組む音と知る
冬耕や忍者の裔の誇りもち
天守より強霜の伊賀一望す
畏くも忝くも初祝詞
金杯に日の注ぐごと福寿草
放飼してゐる宮の寒卵
たたなはる山紫に花の道
囀のほか音のなき道をとる
月光にふはり浮くもの春の山
薬膳の仕舞膳とて蓬餅
鉈彫の仏ゆたかに春惜む
くわくこうやおいうぐひすや朴の花
石仏の笑みそのままに夕立中
露坐仏の光景として虹かかる
山の辺の道駆け巡り一雷神
あまつさへ邪鬼踏まれゐる残暑かな
大神の虫凛凛と観月会
御饌絵馬を抜けし松茸膳に上る
山の辺の道の日和や稲架並木
露けしや一と夜かぎりの萱の御所
たけなはといふ華ぎの枯野にも
菰巻や幹には幹の臍のあり
白足袋に紫電一閃畏みぬ