中村一雄
白寿
門前のいつもの蕎麦屋初詣
凛として白寿の僧の初諷経
松過や声のかかりし女子会に
燗もよし樽もまたよしおでん酒
露天湯の崩れぬ月や冬の宿

黒田敦子
水仙・石蕗
水仙の葉も流儀あり活けられし
水仙のそこはかと無き香をききぬ
水仙の律儀さ見せて今を咲く
花は花葉は葉としての石蕗黄
石蕗の花黄八丈なる色をもて
門前のいつもの蕎麦屋初詣
凛として白寿の僧の初諷経
松過や声のかかりし女子会に
燗もよし樽もまたよしおでん酒
露天湯の崩れぬ月や冬の宿
水仙の葉も流儀あり活けられし
水仙のそこはかと無き香をききぬ
水仙の律儀さ見せて今を咲く
花は花葉は葉としての石蕗黄
石蕗の花黄八丈なる色をもて
宇治の月水音昂る戻り橋
生涯をホ句に捧げむ月の人
明日なくも良かり月華に包まれて
戯画絵巻秋の村雨聞くばかり
抱けば寝て置けば泣く子や辛夷の実
残酷な童話の中に木の実降る
逢おうかと思ふ林檎の赤ければ
花八手いくつ面持つ観世音
通り過ぐ和傘の人や枇杷の花
地虫鳴く夜は濁つてをらざりし
山田東海子
句評 静かな秋の夜、秋は一年の中で最も大気が澄み爽やかな季節。
地虫の鳴き声が聞こえる里の空には星や月も輝いているのだろう。
「夜は濁つてをらざりし」が見事。 華凜
曼珠沙華太宰入水を忘れざる
金田志津枝
句評 作者は三鷹在住。太宰入水の上水はすぐ目と鼻の先である。
今年は例年より多くの曼珠沙華が咲いていたと聞く。いつまでも
心に景が見える句。 華凜
名月や天空すべて月のもの
中村一雄
月に行けさうなる人と月を見る
菅 恵子
律といふ明治の人よ吾亦紅
古宮喜美
ヘルメット置きて汗拭く配達夫
唐澤米子
ライオン橋渡り天満の秋思祭
良夜なる清涼殿にゐるごとく
道真の頃の明りに秋思祭
望月や鏡のやうな空となる
装束の衣冠束帯秋思祭
隠れゐしものも照して今日の月
繁昌亭跳ねて名月真向ひに
すだくもの秋草に沁み人に沁み
その音色誰れも知らざる金鈴子
諷詠に褪せぬ紅あり底紅忌
天涯へ託す一と言月の風
鵺の檻じつとみてゐる曼珠沙華
一途さの闇は深くて虫の恋
青ばみて張りつめてゐる雁の空
新涼やまだかほもたぬこけしたち
上州の青き山河や蕎麦の花
頁より抜け来しやうな秋の蝶
秋扇をんなあるじも板につき
仔細あり五条にたたむ秋日傘
水の秋膝に琵琶抱く弁財天
揺れて興揺れなば風情秋の草
いのち美し蚊帳鬼灯の軽さにも
足首の濡るるも萩の露になら
本能寺の先に用あり暮の夏
下橋潤子
句評 俳諧の持つ謎解の面白さがある。「本能寺の先」にある用とは。
「本能寺の変」の史実もよぎり深みのある一句となった。「暮の夏」が
絶妙。 華凜
地蔵盆上七軒へぬける路地
青山夏実
句評 京の花街である上七軒へぬける路地の「地蔵盆」を詠まれた。固有
名詞の引き出す情感豊かな景が見える。子供の姿と共に京町屋や舞妓、
芸妓の姿まで浮ぶよう。 華凜
風の盆悲しい恋をしたくなる
下田育子
夏草を引きつつ思ふ山羊飼ふか
奥村芳弘
新涼や眉すつきりと描き上がる
今井勝子
ワレモノと大書き祖父の西瓜便
奥村芳弘
日々うすれ十一月の草のいろ
片しぐれ空に折目のあるやうな
老人の夢のあとさき片時雨
短日の手ばかり洗ひ暮れにけり
茶の花やふる里捨ててから久し
足下を浅き小春の高瀬川
ぶぶ漬は酢茎にかぎる京雀
さながらにしぐれてをりぬ刀疵
すれちがふ帰り花とや輪違屋
ソワレてふ店の灯ともる小夜時雨
朝顔や置屋の物を干すところ
新町に秋の風鈴一つ鳴る
指先の細きが母似梨をむく
百日の半ばの色に百日紅
法師蝉長き戒名書き終へて
花木槿左より描く朝の眉
秋の蝶ゆらりと消えて女絵師
掬へずに一匹もらふ金魚かな
稲びかり膝に猫おきこひのうた
居並べる俳士涼しや虚子門下
柳生清秀
句評 句座にあった虚子記念文学館発行の冊子に写真があり、虚子を
真中に素十・青畝・草城・・十数名の虚子門下がまさに涼しく居並んで
いた。その中に若き日の夜半を見つけた。 華凜
底紅の咲き継ぐ力諷詠も
小田恭一
句評 木槿の花を「底紅」と詠み、季語となったのは夜半の句からと聞く。
白い花片の底の紅から力が湧いてくる。一日花であるが毎日咲き継ぐさまに
諷詠四代の力を重ねた作者。 華凜
風鈴や影も色づく石畳
谷本義明
遠き日の私に戻る桑いちご
古山丈司
底紅忌昭和の薄き諷詠誌
福沢サカエ
北斎のジャパンブルーの涼しさよ
小田恭一
金魚にも魚の匂や秋はじめ
八月や母の形見に父のもの
青葡萄日月軽く過ぎゆけり
あさがほの紺のつぶやく一語かな
かなかなのこゑに濡れゐる奥信濃
よく乾きゐる洗ひもの終戦日
桔梗の咲く堂守のしづけさに
滝道の史実を辿るやう歩む
滝音の毀れて散つてしまふかに
蓮を刈る舟の三艘ばかり出で
片蔭の濡れてゐるかと思ひけり
午前五時九分蝉の鳴き始む
草の市買うてせつなくなつてをり
言の葉の伝ふすべなく鰯雲
掛香の楽屋の草履ととのへぬ
いつの世も涼しき目元男伊達
夏芝居恋し恋しが怨しや
夜の部の仁左は罪人夏芝居
奈良団扇口三味線のついと出て
箱庭の魚に水なきこと哀れ
風鈴の音とはいつも暮れ残る
目標は生きると書いて大暑かな
寝返りに伸びたる赤子月涼し
蛍忌の蛍火を待つ水の音
金田志津枝
句評 立夫の忌日名が「蛍忌」となったことを知った作者はその事が
頭を離れず、蛍忌を詠み続けてたという。この句は東京に立夫がいた頃、
共に行った神田川の蛍火を思い詠まれた。 華凜
蛍忌の筆にもりたる黄の絵具
中谷まもる
句評 立夫は絵を描くことが好きであった。また黄色の花が好きであった。
〈黄が好きでばらの黄色はもつと好き〉と詠んだ父。蛍忌にそのことを
思いこの句が生まれた。
華凜
アルバムを繰るたび百合の香の揺るる
吉田るり
遠き日の大波小波蚊帳たたむ
中村満智子
ほうたる忌忘形見のやうに闇
山田東海子
草笛や白髪頭のビートルズ
宮下美和子
晩年や仕合せほどの葱植ゑて
小津安二郎風の小春を授かりし
晩節を全うしたる秋扇
人知れず散る沙羅の花とはゆかし
花ミモザ人哀しますやう烟る
風に増ゆあきつの空となりにけり
編み上げしセーター今日の空の色
隠しごとなくて夫婦の温め酒
祝ぎことも悼みしことも秋扇
柔らかき日差しの中の冬用意
玫瑰や砂の入り来し旅の靴
束ねたる黒髪重し梅雨の月
沙羅散りて俗世の白をもらひたる
式部より納言ゆかしと文字摺草
候といくたび謡ひ能涼し
梅雨じめり音なくめくる謡本
海に入るやうにくぐりて夏暖簾
てのひらに息をしてゐる蛍かな
虚子筆の扇子花鳥の風止まず
弊揺れて闇の妖しき薪能
今井勝子
句評 五月二十日興福寺の薪能での句。般若の芝に四面に張られた
網に弊が吊され、能舞台が結界となる。弊が風にざわざわと揺れる。
「闇の妖しき」の措辞が見事。 華凜
花街の名残一灯さみだるる
梅野史矩子
句評 かつて「花街」であった所にともる灯。そこへ五月雨が降り、
滲む景となる。それは時空を行き来し、過去を見ているように思えた
作者。情感溢れる句となっている。 華凜
紫陽花を抱へ優先座席かな
赤川京子
たかんなに郷里の土と新聞と
青山夏実
菖蒲の香身に添ふ齢となりにけり
前田たか子
新茶の香知覧の空を語り継ぐ
赤川京子