髙木利夫
晩節
晩年や仕合せほどの葱植ゑて
小津安二郎風の小春を授かりし
晩節を全うしたる秋扇
人知れず散る沙羅の花とはゆかし
花ミモザ人哀しますやう烟る

髙木きみ子
冬用意
風に増ゆあきつの空となりにけり
編み上げしセーター今日の空の色
隠しごとなくて夫婦の温め酒
祝ぎことも悼みしことも秋扇
柔らかき日差しの中の冬用意
晩年や仕合せほどの葱植ゑて
小津安二郎風の小春を授かりし
晩節を全うしたる秋扇
人知れず散る沙羅の花とはゆかし
花ミモザ人哀しますやう烟る
風に増ゆあきつの空となりにけり
編み上げしセーター今日の空の色
隠しごとなくて夫婦の温め酒
祝ぎことも悼みしことも秋扇
柔らかき日差しの中の冬用意
玫瑰や砂の入り来し旅の靴
束ねたる黒髪重し梅雨の月
沙羅散りて俗世の白をもらひたる
式部より納言ゆかしと文字摺草
候といくたび謡ひ能涼し
梅雨じめり音なくめくる謡本
海に入るやうにくぐりて夏暖簾
てのひらに息をしてゐる蛍かな
虚子筆の扇子花鳥の風止まず
弊揺れて闇の妖しき薪能
今井勝子
句評 五月二十日興福寺の薪能での句。般若の芝に四面に張られた
網に弊が吊され、能舞台が結界となる。弊が風にざわざわと揺れる。
「闇の妖しき」の措辞が見事。 華凜
花街の名残一灯さみだるる
梅野史矩子
句評 かつて「花街」であった所にともる灯。そこへ五月雨が降り、
滲む景となる。それは時空を行き来し、過去を見ているように思えた
作者。情感溢れる句となっている。 華凜
紫陽花を抱へ優先座席かな
赤川京子
たかんなに郷里の土と新聞と
青山夏実
菖蒲の香身に添ふ齢となりにけり
前田たか子
新茶の香知覧の空を語り継ぐ
赤川京子
八つ橋てふ香合置かれ夏座敷
火を遠く水を近くに夏点前
黒といふ涼しきものに楽茶碗
利休箸するりと逃げる蓴かな
夏帯にはさむ服紗は水の色
単衣着て塩瀬の帯に鉄線花
掛香に今日のお稽古粥点前
このあたり石州瓦植田風
あご飛んで水平線を高くする
荒海に乗る遊船の舵さばき
梅雨晴の落暉ローソク島灯す
闘牛の引分けてふは物足らず
後醍醐邸今を淋しと牛蛙
万緑や幾百の神坐す島
草笛にあの日の風の記憶かな
立ち姿よき芍薬もそのひとも
興福寺 薪能
薪能一差ごとに闇進む
後シテの般若現る青葉冷
番傘の内にぼうたん明りかな
松風に乾きし須磨の蛇の衣
触れてみて少し悔あり蛇の衣
鉄線花湯屋の小窓の夕明り
雨の日は文書く心額の花
立てて弾く二胡の調べや柳の芽
中谷まもる
句評 二胡は中国の伝統的な擦弦楽器。その調べは郷愁と癒しを誘う。
この句から二胡の調べが風に乗って聞えたよう。曲は「蘇州夜曲」か。
「立てて弾く」と詠み「柳の芽」との取り合わせも上手い。 華凜
暮の春九百号の稿仕舞ひ
太田公子
句評 作者は「諷詠」の割付けから最終校正まで全てに関わり、原稿も
彼女の自宅に届く。九百号に力を尽して下さった。「稿仕舞ひ」の安堵感が
伝わる。心より感謝。 華凜
台本の無き人生や花は葉に
林 右華
思ひ出の中の桜は散らざりし
吉田るり
立子賞受賞の余韻虚子忌かな
石川かずこ
若葉風マスクはづして深呼吸
浅野宏子
蜘蛛の子の蜘蛛より逃げて散りにけり
一本の風になりたる夏燕
蟻もまた健気に生きてをりにけり
ほととぎす促音上手く入れて鳴く
夏蝶や幾何学模様見せて死す
兜虫おおきな角がたくましい
イモリにもある石の上にも三年
あめんぼう足で水面ぽんとける
雨蛙緑のうわぎと白いシャツ
蝸牛うずまき型の家に住む
燭揺らすほどの風あり藤浄土
面影を十二単にまた重ね
十帖の賢木に栞春灯下
匂袋ひそと尼僧の小抽斗
風蘭の雨に匂へば父のこと
大牡丹開ききつたる女ぶり
花水木須磨近ければ紅の濃し
消息は風に聞くべし花卯木
上水の橋のたもとの風車
開拓の果なき大地揚雲雀
川上康子
句評 「開拓の果なき大地」は作者の生まれた満州であろう。果なき
大地の上に広がる果なき空をぐんぐんとどこまでも高く雲雀が上りゆく。
十七音で何とも広大な世界を描いた。 華凜
別るるは運命なれども桜貝
森本昭代
句評 「桜貝」はうす紅色の美しい貝だが壊れやすく儚くも思える。
この句は取り合せでその儚さを別れの運命と重ねた。昨年亡くなられた
ご主人様を偲んでいるようにも。 華凜
山笑ふ大蛇号ゆく奥出雲
青山夏実
ポジションへ駆け行く球児風光る
福沢サカエ
国生みの海峡眩し麦を踏む
谷川和子
雪解の村ぢゆう軽うなりにけり
古山丈司
耕の無駄なく動く老の鍬
八荒に魁荒るる浪速場所
遅咲の水仙こその秘むるもの
今泣いた子も楤の芽も笑む陽気
貝寄風の吹く住易き街なりし
葱坊主裏より入る飛鳥寺
蛍烏賊光尽して果てにけり
若夏や言の葉美し万座毛
島遥かテラスの朝餉石蓴汁
空に揺れ海に揺れゐて茅花の穂
沖縄の旅二期作の田植中
紅型に火の色燃えて仏桑花
バックハグして夕焼の水平線
くちなしの花枕辺に旅果つる
牛蛙声ふるはせて北信濃
どの部屋も花の名つけて宿涼し
夏霧の晴れて絵本のやうな村
どこまでも夏野の続く野沢村
雲の峰戸隠山も妙高も
もろこしも玉子も茹でて麻釜の湯
汗かいて外湯めぐりも野沢村
人涼しあつ湯ぬる湯と教へくれ
外湯には小さき神棚髪洗ふ
大湯出てぶだうジュースと端居して
端居して真向ひに見ゆ道祖神
外湯出て祭提灯ともる頃
路地沿ひにたけのこ祭屋台の灯
たけのこ飯信濃の人のやさしかり
千曲川音頭聞こゆる祭かな
鯖󠄀缶も入れてたけのこ汁うまし
飯山に仏壇通り濃紫陽花
笹ずしの笹の葉ほのと北信濃
四十年ぶりに逢ふ人夏薊
水尾てふ涼しき地酒酌みかはす
三月十九日、立子賞を祝う会小石川後楽園
忘るまじけふ初花に会へしこと
春瀧の音に洗はれゆく心
鳥声のいくつ重なる春野かな
祝ぐ心偲ぶ心も花の雨
みな染る桜に触れて来し風に
けふの命けふを満たして花万朶
べつかふ飴薄暮透せて夕桜
この辻に夜叉となるやも花月夜
たましひの身を離れゆく花衣
生まるるも逝くのも一度二月尽
小林一鳥
句評 「二月尽」に注目。花鳥諷詠を提唱した虚子の誕生日は二月
二十二日。作者も同じ誕生日らしい。昨年二月二十七日に汀子先生は
帰天された。一度きりの生を深く思う月。 華凜
焼きし野のやがて寂しき風渡る
古山丈司
句評 ふと芭蕉の〈おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな〉を思った。
芭蕉の句は心の写生であるがこの句は野焼の風景を見事に写生された。
「寂しき風渡る」にある余情に感服。 華凜
梅咲くや宝梅てふはよき住所
小林一鳥
毛のなかの羊とり出すやうに刈る
野村国世
初雪はをさなでゆきし子の匂ひ
石川かずこ
絵馬の裏まで書く受験志望校
福田三千男
「ビヤホール見たい」と書きし子規のこと
あぢさゐの青の途中の阿弥陀仏
百里来て伊予に聞き留むほととぎす
砥部焼の青の涼しきとんぼの絵
百を越す簾ぐるりと坊ちやん湯
師を祝ぐと外壕通ゆく薄暑
街薄暑若さは歩巾より溢れ
野草踏み行きて薄暑の香の立ちぬ
靴濡らし沢渡りゆく薄暑かな
君と会ひ別れし小石川薄暑