古山丈司
夢のあとさき
日々うすれ十一月の草のいろ
片しぐれ空に折目のあるやうな
老人の夢のあとさき片時雨
短日の手ばかり洗ひ暮れにけり
茶の花やふる里捨ててから久し

野村国世
京雀
足下を浅き小春の高瀬川
ぶぶ漬は酢茎にかぎる京雀
さながらにしぐれてをりぬ刀疵
すれちがふ帰り花とや輪違屋
ソワレてふ店の灯ともる小夜時雨

日々うすれ十一月の草のいろ
片しぐれ空に折目のあるやうな
老人の夢のあとさき片時雨
短日の手ばかり洗ひ暮れにけり
茶の花やふる里捨ててから久し

足下を浅き小春の高瀬川
ぶぶ漬は酢茎にかぎる京雀
さながらにしぐれてをりぬ刀疵
すれちがふ帰り花とや輪違屋
ソワレてふ店の灯ともる小夜時雨
朝顔や置屋の物を干すところ
新町に秋の風鈴一つ鳴る
指先の細きが母似梨をむく
百日の半ばの色に百日紅
法師蝉長き戒名書き終へて
花木槿左より描く朝の眉
秋の蝶ゆらりと消えて女絵師
掬へずに一匹もらふ金魚かな
稲びかり膝に猫おきこひのうた

居並べる俳士涼しや虚子門下
柳生清秀
句評 句座にあった虚子記念文学館発行の冊子に写真があり、虚子を
真中に素十・青畝・草城・・十数名の虚子門下がまさに涼しく居並んで
いた。その中に若き日の夜半を見つけた。 華凜
底紅の咲き継ぐ力諷詠も
小田恭一
句評 木槿の花を「底紅」と詠み、季語となったのは夜半の句からと聞く。
白い花片の底の紅から力が湧いてくる。一日花であるが毎日咲き継ぐさまに
諷詠四代の力を重ねた作者。 華凜
風鈴や影も色づく石畳
谷本義明
遠き日の私に戻る桑いちご
古山丈司
底紅忌昭和の薄き諷詠誌
福沢サカエ
北斎のジャパンブルーの涼しさよ
小田恭一
金魚にも魚の匂や秋はじめ
八月や母の形見に父のもの
青葡萄日月軽く過ぎゆけり
あさがほの紺のつぶやく一語かな
かなかなのこゑに濡れゐる奥信濃
よく乾きゐる洗ひもの終戦日
桔梗の咲く堂守のしづけさに

滝道の史実を辿るやう歩む
滝音の毀れて散つてしまふかに
蓮を刈る舟の三艘ばかり出で
片蔭の濡れてゐるかと思ひけり
午前五時九分蝉の鳴き始む
草の市買うてせつなくなつてをり
言の葉の伝ふすべなく鰯雲
掛香の楽屋の草履ととのへぬ
いつの世も涼しき目元男伊達
夏芝居恋し恋しが怨しや
夜の部の仁左は罪人夏芝居
奈良団扇口三味線のついと出て
箱庭の魚に水なきこと哀れ
風鈴の音とはいつも暮れ残る
目標は生きると書いて大暑かな
寝返りに伸びたる赤子月涼し

蛍忌の蛍火を待つ水の音
金田志津枝
句評 立夫の忌日名が「蛍忌」となったことを知った作者はその事が
頭を離れず、蛍忌を詠み続けてたという。この句は東京に立夫がいた頃、
共に行った神田川の蛍火を思い詠まれた。 華凜
蛍忌の筆にもりたる黄の絵具
中谷まもる
句評 立夫は絵を描くことが好きであった。また黄色の花が好きであった。
〈黄が好きでばらの黄色はもつと好き〉と詠んだ父。蛍忌にそのことを
思いこの句が生まれた。
華凜
アルバムを繰るたび百合の香の揺るる
吉田るり
遠き日の大波小波蚊帳たたむ
中村満智子
ほうたる忌忘形見のやうに闇
山田東海子
草笛や白髪頭のビートルズ
宮下美和子
晩年や仕合せほどの葱植ゑて
小津安二郎風の小春を授かりし
晩節を全うしたる秋扇
人知れず散る沙羅の花とはゆかし
花ミモザ人哀しますやう烟る

風に増ゆあきつの空となりにけり
編み上げしセーター今日の空の色
隠しごとなくて夫婦の温め酒
祝ぎことも悼みしことも秋扇
柔らかき日差しの中の冬用意
玫瑰や砂の入り来し旅の靴
束ねたる黒髪重し梅雨の月
沙羅散りて俗世の白をもらひたる
式部より納言ゆかしと文字摺草
候といくたび謡ひ能涼し
梅雨じめり音なくめくる謡本
海に入るやうにくぐりて夏暖簾
てのひらに息をしてゐる蛍かな
虚子筆の扇子花鳥の風止まず

弊揺れて闇の妖しき薪能
今井勝子
句評 五月二十日興福寺の薪能での句。般若の芝に四面に張られた
網に弊が吊され、能舞台が結界となる。弊が風にざわざわと揺れる。
「闇の妖しき」の措辞が見事。 華凜
花街の名残一灯さみだるる
梅野史矩子
句評 かつて「花街」であった所にともる灯。そこへ五月雨が降り、
滲む景となる。それは時空を行き来し、過去を見ているように思えた
作者。情感溢れる句となっている。 華凜
紫陽花を抱へ優先座席かな
赤川京子
たかんなに郷里の土と新聞と
青山夏実
菖蒲の香身に添ふ齢となりにけり
前田たか子
新茶の香知覧の空を語り継ぐ
赤川京子
八つ橋てふ香合置かれ夏座敷
火を遠く水を近くに夏点前
黒といふ涼しきものに楽茶碗
利休箸するりと逃げる蓴かな
夏帯にはさむ服紗は水の色
単衣着て塩瀬の帯に鉄線花
掛香に今日のお稽古粥点前

このあたり石州瓦植田風
あご飛んで水平線を高くする
荒海に乗る遊船の舵さばき
梅雨晴の落暉ローソク島灯す
闘牛の引分けてふは物足らず
後醍醐邸今を淋しと牛蛙
万緑や幾百の神坐す島
草笛にあの日の風の記憶かな
立ち姿よき芍薬もそのひとも
興福寺 薪能
薪能一差ごとに闇進む
後シテの般若現る青葉冷
番傘の内にぼうたん明りかな
松風に乾きし須磨の蛇の衣
触れてみて少し悔あり蛇の衣
鉄線花湯屋の小窓の夕明り
雨の日は文書く心額の花

立てて弾く二胡の調べや柳の芽
中谷まもる
句評 二胡は中国の伝統的な擦弦楽器。その調べは郷愁と癒しを誘う。
この句から二胡の調べが風に乗って聞えたよう。曲は「蘇州夜曲」か。
「立てて弾く」と詠み「柳の芽」との取り合わせも上手い。 華凜
暮の春九百号の稿仕舞ひ
太田公子
句評 作者は「諷詠」の割付けから最終校正まで全てに関わり、原稿も
彼女の自宅に届く。九百号に力を尽して下さった。「稿仕舞ひ」の安堵感が
伝わる。心より感謝。 華凜
台本の無き人生や花は葉に
林 右華
思ひ出の中の桜は散らざりし
吉田るり
立子賞受賞の余韻虚子忌かな
石川かずこ
若葉風マスクはづして深呼吸
浅野宏子
蜘蛛の子の蜘蛛より逃げて散りにけり
一本の風になりたる夏燕
蟻もまた健気に生きてをりにけり
ほととぎす促音上手く入れて鳴く
夏蝶や幾何学模様見せて死す

兜虫おおきな角がたくましい
イモリにもある石の上にも三年
あめんぼう足で水面ぽんとける
雨蛙緑のうわぎと白いシャツ
蝸牛うずまき型の家に住む
燭揺らすほどの風あり藤浄土
面影を十二単にまた重ね
十帖の賢木に栞春灯下
匂袋ひそと尼僧の小抽斗
風蘭の雨に匂へば父のこと
大牡丹開ききつたる女ぶり
花水木須磨近ければ紅の濃し
消息は風に聞くべし花卯木
上水の橋のたもとの風車

開拓の果なき大地揚雲雀
川上康子
句評 「開拓の果なき大地」は作者の生まれた満州であろう。果なき
大地の上に広がる果なき空をぐんぐんとどこまでも高く雲雀が上りゆく。
十七音で何とも広大な世界を描いた。 華凜
別るるは運命なれども桜貝
森本昭代
句評 「桜貝」はうす紅色の美しい貝だが壊れやすく儚くも思える。
この句は取り合せでその儚さを別れの運命と重ねた。昨年亡くなられた
ご主人様を偲んでいるようにも。 華凜
山笑ふ大蛇号ゆく奥出雲
青山夏実
ポジションへ駆け行く球児風光る
福沢サカエ
国生みの海峡眩し麦を踏む
谷川和子
雪解の村ぢゆう軽うなりにけり
古山丈司