今月の俳句」カテゴリーアーカイブ

第2回諷詠大賞「諷詠大賞」の俳句

小林一鳥

癌畜生

春深し胸に違和感覚えし日

乳癌をエコー涼しく見付けたる

若葉寒俳句用具も入院す

看護婦の言葉は薬風薫る

梅雨深し癌病棟を車椅子

梅雨深し麻酔は夢を見せず覚め

妻も子も面会謝絶梅雨に処す

病室を一歩も出でず梅雨籠

病舎から見る梅雨深きガードマン

明易の医大の露地へ救急車

傷跡に幾度も打てり天瓜粉

癌畜生癌畜生と裸見る

冷奴病院食は味薄し

銭湯に入れずプールにも行けず

夏の果まだこの傷にこの痛み

禁酒より禁煙辛し夏の果

暑に耐へてをり禁煙に耐へてをり

手術痩なかり夏痩なかりけり

手術より手術の傷の冷まじく

末枯の命なれども慈しむ

2022年5月の俳句

華凜主宰の俳句

花便り

 令和四年三月二十六日 長女美波結婚

届け出すだけの婚姻あたたかし

ひとづまになりしと届く花便り

貝寄風や島に育ちて島に嫁す

嫁ぎし娘髪にほやかに雛納

おかあさんと婿に呼ばれて花菜漬

子猫の名瞳の色に決めらるる

悪者のせうせう間抜け壬生狂言

桶取の面に潜みし春愁

壬生念仏身振り如何にも京ことば

雑詠 巻頭句

指ふれて薄氷水にもどしけり

梅野史矩子

句評 何気ない早春の一コマの写生句であるが、この句に深さを感じた。
女の指の熱により「薄氷」という儚い個体の命を「水」という命の
根源へと戻した作者。艶っぽさもある。 華凜 

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はんなりとうぐひす鳴くや京へ二里

谷川和子

句評 「京へ二里」の措辞が見事。一里が約四キロなので京から少し
離れた鄙の里を想像する。その里で鳴く鶯の声には落ち着いたはなやかさが
あったのであろう。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

鳥雲に無口な酒は父ゆづり

古山丈司

中谷まもる副主宰選

天主堂絵踏の島の空のあを

野村国世

金田志津枝選

冬耕の人風景を抜けて来し

髙木利夫

柳生清秀選

日当りてドドドと落ちる屋根の雪

小林小春

同行二人競詠五句 お題「薔薇」

白井光子

須磨離宮

日の出前薔薇が最も香る時

嬉しげな風とくぐりぬ薔薇アーチ

薔薇アーチくぐれば舞踏会のごと

薔薇園のひときはクイーンエリザベス

須磨離宮ブルーの薔薇と海の色

大川生枝

薔薇一花

もてなしのこころ秋ばらよく匂ふ

カフエラテの名のばらなりし大人色

だれ置きし彼女の椅子に薔薇一花

つるばらの蔓の大事と道しるべ

人想ふもくかうばらの這ふテラス

2022年4月の俳句

華凜主宰の俳句

春の星

春の海神話のごとく明けにけり

如月や伊予の和紙選り書く手紙

雛飾りつと悲しみの薄れゆく

八重椿深紅人住み替りても

まんさくの夜の色にもかなひしに

春蘭や新刊の書に金の帯

後の世のことは知らねど月朧

むらさきの物身に付けて立子の忌

  二月二十七日 稲畑汀子先生帰天

潤みゐてひときは美し春の星

雑詠 巻頭句

葱刻む音にさみしさ集り来

金田志津枝

句評 厨で一人葱を刻む作者。その音がよく響いた。葱を刻む時思い
出すのは家族の笑顔。今は誰もいない。涙が溢れ出した時句が出来た。
葱の名句の誕生である。 華凜 

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六方を踏むごと絵凧揺れ出しぬ

黒田冬史朗

句評 正月の御空を舞台に見立てた。見得を切る役者絵の絵凧が風に
揺れ出す様を「六方を踏む」という歌舞伎の形を詠み込むことで
華やかな一句となった。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

寒月のひらりと剥れ落ちさうな

𠮷田るり

中谷まもる副主宰選

日向ぼこあれこれ有りて現在地

小河フク子

金田志津枝選

峡に生き独りに生きて独り屠蘇

𠮷泉守峰

柳生清秀選

身の丈に生きて夫婦の春炬燵

古山丈司

近詠

小林一鳥

七度の寅

わが干支の寅が七度明の春

初鏡卑弥呼の顔をふと思ふ

白拍子一人一人に厄払ふ

日向ぼこ世は三猿で過されず

俳人の成人式は五十歳

雪女郎男居ぬ間の露天風呂

濡色の羽を自慢の寒鴉

山形惇子

修験の堂

軒水仙咲く道辿り写経場

満更でなき顔見せて焚火守

どんど組みにと若者の帰る村

大とんど修験の堂を轟かす

綿帽子戴く嶺や寒九郎

にらみ鯛骨正月の文楽館

浄瑠璃に人形に泣き初芝居

2022年3月の俳句

華凜主宰の俳句

かなたの月日

国栖笛にかなたの月日奥吉野

梅真白月宮殿の名をもらひ

蕗の薹生命線の上におく

心浮く文に二月と書くだけで

湯屋へ行く下駄の躓く春灯

能舞台ありし二の丸春の雪

雪のごと白き落雁加賀の春

懸想文桐の箪笥のぎいと鳴り

覚えたる御名口上紀元節

雑詠 巻頭句

行くほどに道の遠のく枯野かな

久保田まり子

句評 この句の「枯野」に芭蕉の、虚子の枯野を思った。現実の枯野が
俳諧の道と重なる。「行くほどに道の遠のく」という措辞にははっと
させられた。深い心の目を持つ作者。 華凜 

雑詠 次巻頭句

フロイデと何度も歌ひ年暮るる

有本美砂子

句評 一読、心の中に第九が流れ出す。筆者は昔神戸フロイデ合唱団に
属し、年末には大阪フィルの演奏で第九を歌っていた。「フロイデと
何度も歌ひ」には感服。作者の美しい心から生れた佳句。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

自分史はまだ白きまま冬薔薇

森本昭代

中谷まもる副主宰選

密柑山太平洋は父のごと

山田純子

金田志津枝選

裸木の残心といふ立ち姿

今城 仂

柳生清秀選

九十九髪品よくセツト年の暮

柴田ふさよ

同行二人競詠五句 お題「遍路」

谷川和子

片手拝み

船内の何処からとなき遍路鈴

マスコツト揺るる遍路の頭陀袋

御朱印帖だんだん重き遍路行

入り日には片手拝みに徒遍路

夫の遺影胸に続ける遍路行

多田久子

夕遍路

お遍路のさんや袋に詰めしもの

遍路鈴遠くに聞くはもの悲し

遍路笠同行二人とは安堵

夕遍路門限迄に急がねば

遍路杖足元確と守りくれ

句集 月華

和田華凜 諷詠主宰

自選十五句

結界の黄泉比良坂より時雨

光る音して薄氷の溶けにけり

海底に沈む都の上に月

胡弓の音風に揺るがず風の盆

能面の月華を宿す白さかな

父の座は空席のまま花筵

夜を待つやうに置きある蛍籠

花八手島の鬼門はこのあたり

水都けふ月の都となりしかな

役者絵は写楽がよろし梅二月

瀧の上に天へと続く道のあり

しづしづと月下にシテの歩みかな

猪鍋や丹波訛の虚子贔屓

流し雛見送る空に昼の月

こいさんの扇子いとはんより小さし

句集 月華 2022年3月3日初版発行
発行所 ふらんす堂

 能面の月華を宿す白さかな

 標題『月華』は月の光、月光のこと。
諷詠四代の主宰がそれぞれ「瀧の夜半」「花の比奈夫」「祭の立夫」「月の華凜」と
呼ばれていることもあり、この題を選んだ。 華凜

2022年2月の俳句

華凜主宰の俳句

女暫

その一日白紙のままに日記果つ

表紙絵は女暫新暦

波音の果てなき調べ去年今年

元朝の沖の船より明け初むる

寒紅を引きて女流の心ばへ

  舞初「富嶽」乃木大将

舞扇広げて淑気おのづから

舞初や八州照す指の先

猿曳に笑ひ転げてふと哀し

嫁ぎ先決りし娘薺打つ

雑詠 巻頭句

火の山の黒い噴煙神の留守

木下紀子

句評 大いなる自然は神である。十月にあった火の山と呼ばれる阿蘇山の
噴火の様を詠んだ作品。自然は美しく時に恐ろしいもの。
畏敬の心を持ち、自然と対峙する作者の俳人魂を感じた。 華凜 

雑詠 次巻頭句

武蔵野の千手の枝の冬木かな

永嶋千恵子

句評 筆者は武蔵野生まれである。この句一読にして「千手の枝の冬木」が
脳裏に現れた。
文人や俳人に愛されてきたこの地を文学的に描写した佳句。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

沖見つつ男と女蜜柑剥く

青山夏実

中谷まもる副主宰選

代々の氏の子として棕櫚を剥ぐ

久保田まり子

金田志津枝選

老農のどの灯に帰る刈田道

古山丈司

柳生清秀選

一駅を難なく歩く小春かな

大西芙紗子

近詠

髙木利夫

埋火

牧閉ざす日なりし風は風色に

秋刀魚焼く夕べとなりぬ帰らうか

暖炉の火語部めきて燃ゆるかな

妻が踏み吾が踏む音の落葉道

信心といふは埋火にも似たる

襟巻の人呼返すすべもなし

晩年や仕合せほどの葱植ゑて

有本美砂子

善の綱

御仏の御手に十夜の善の綱

十夜なれ人出も音も途切れなく

天冠の重しと稚児の泣く十夜

経最中稚児のくさめの小さき音

十夜婆また眠くなる講最中

露座仏の錆も冬めくものとして

講果てて夜廻りの声遠くあり