今月の俳句」カテゴリーアーカイブ

2022年2月の俳句

華凜主宰の俳句

女暫

その一日白紙のままに日記果つ

表紙絵は女暫新暦

波音の果てなき調べ去年今年

元朝の沖の船より明け初むる

寒紅を引きて女流の心ばへ

  舞初「富嶽」乃木大将

舞扇広げて淑気おのづから

舞初や八州照す指の先

猿曳に笑ひ転げてふと哀し

嫁ぎ先決りし娘薺打つ

雑詠 巻頭句

火の山の黒い噴煙神の留守

木下紀子

句評 大いなる自然は神である。十月にあった火の山と呼ばれる阿蘇山の
噴火の様を詠んだ作品。自然は美しく時に恐ろしいもの。
畏敬の心を持ち、自然と対峙する作者の俳人魂を感じた。 華凜 

雑詠 次巻頭句

武蔵野の千手の枝の冬木かな

永嶋千恵子

句評 筆者は武蔵野生まれである。この句一読にして「千手の枝の冬木」が
脳裏に現れた。
文人や俳人に愛されてきたこの地を文学的に描写した佳句。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

沖見つつ男と女蜜柑剥く

青山夏実

中谷まもる副主宰選

代々の氏の子として棕櫚を剥ぐ

久保田まり子

金田志津枝選

老農のどの灯に帰る刈田道

古山丈司

柳生清秀選

一駅を難なく歩く小春かな

大西芙紗子

近詠

髙木利夫

埋火

牧閉ざす日なりし風は風色に

秋刀魚焼く夕べとなりぬ帰らうか

暖炉の火語部めきて燃ゆるかな

妻が踏み吾が踏む音の落葉道

信心といふは埋火にも似たる

襟巻の人呼返すすべもなし

晩年や仕合せほどの葱植ゑて

有本美砂子

善の綱

御仏の御手に十夜の善の綱

十夜なれ人出も音も途切れなく

天冠の重しと稚児の泣く十夜

経最中稚児のくさめの小さき音

十夜婆また眠くなる講最中

露座仏の錆も冬めくものとして

講果てて夜廻りの声遠くあり

2022年1月の俳句

華凜主宰の俳句

恋のうた

冬瀧の白し初心の真白しと

朴落葉天上高き飛騨の宿

口切の正客にして江戸小紋

ももいろの羊羹うすく切る小春

松浦屏風に恋のうた詠む遊女かな

羽子板市隈取見事成駒屋

翁面外し庵の煤払

浄瑠璃の町の橋より都鳥

道ならぬ道も道なり近松忌

雑詠 巻頭句

船の名の読めて良夜の船溜

青山夏美

句評 十五夜の客観写生句である。作者はいつもは暗い船溜の船が月光に
照らされ、船の名が鮮明に見え読めたと言う。衒いのない措辞で月夜の
静かな美を表現。これが物の姿を描き、物の命にふれるということ。 華凜 

雑詠 次巻頭句

裏通りとは木犀の本通り

今城 仂

句評 子供の頃、裏通りを抜けピアノの教室へ通う時木犀の香が流れて
来た記憶が甦った。裏通りは確かに木犀にとっての「本通り」。見事な
発見に共感の句。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

大花野まつただ中に鐘を聞く

黒田泰子

中谷まもる副主宰選

一粒を一語と思ふ実むらさき

岡本和子

金田志津枝選

日々変る懸崖菊の真正面

大西芙紗子

柳生清秀選

秋の暮杣の子家路急ぎけり

立花綾子

同行二人競詠五句 お題「新年詠」

角倉滋子

梅かをる

四代の年号に生き梅かをる

緒を締めて鼓の音に淑気満つ

人生になきすごろくに有るあがり

床拍手目出度き音や三番叟

年の豆一合枡をこぼれをり

高田伸美

老の春

師の在す神戸の除夜の汽笛恋ふ

日記ともなく発句記し去年今年

老いて尚未知の月日の明け初むる

平凡に平凡に生き老の春

吾が齢諾なひ明くる大旦

2021年12月の俳句

華凜主宰の俳句

十三夜

明日香路の始りここに思草

実石榴のひやりと重き命かな

柚子釜の祇園仕立の小ぶりなる

かづら帯結び目しかと式部の実

烏瓜大和の夕はかく暮れぬ

神の酒澄みをり人の濁酒

数珠玉を振ればさらさら水の音

   葛の葉神社 信太の白狐

椿の実うら見の風にはぜしかな

砂時計音なく果てて十三夜

雑詠 巻頭句

月美し誰のものでもなきゆゑに

松井良子

句評 月がこんなにも美しいのは誰のものでもないからだと言い切る作者。
この句を読んだ時無性に心惹かれた。それは、この句が真理だからであろう。
華凜 

雑詠 次巻頭句

白の巫女赤の僧座し観月会

中谷まもる

句評 嵯峨天皇の離宮であった大覚寺の観月の夕べでの一句と思われる。
大沢の池の水面に浮ぶ月、龍頭舟に白装束の巫女と赤の装束の僧が座し
眺める様は平安絵巻そのもの。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

萩の宿名簿に添へし萩の筆

奥田美恵子

中谷まもる副主宰選

葡萄狩棚から下がる中也の詩

前田昌子

金田志津枝選

手の窪といふ優しさや種を採る

山形惇子

柳生清秀選

艶やかに舞ひしは母の十三夜

神山喜栄子

近詠

谷川和子

思ひのまま

小鳥来よ一と日しやべらぬ日の続き

思ひのまま歩きたき日や草紅葉

無人店多き丹波路草紅葉

落葉舞ふばかりここより杣の道

商標は大江の鬼の濁酒

瞑想に入るや名月引き寄せて

生きるとは思ひ出づくり鳥渡る

林 右華

茶禅一味

秋声の真中にありし南宗寺

甘露門潜りて秋の風となる

萩の寺茶禅一味といふ構へ

石庭の箒目正し月を待つ

禅堂の文殊菩薩や秋涼し

をちこちに手を合すもの秋の蝶

禅僧の鋏の音も松手入

句集 花の雲

金田志津枝 諷詠同人

自選十五句

海よりの秋声海に消えにけり

蛍火の草より草に零れけり

来し方の見ゆるや花の雲の中

麹町三番町の燕の巣

そんなとき笑つてみよと山笑ふ

鬼やらひだけは大きな声出して

捜すこと勿れ涼しきところに居

秋桜むかし絵踏の庭とあり

文字消えしことの露けき父祖の墓

セーターの赤に包まれ百二歳

栗ひとつ剥くためにあるよき時間

飛花と行く風と落花と遊ぶ風

沙羅の花子は吾が老に触れざりし

虫聞いてをり鍵穴を捜しつつ

薄氷に水のさびしさ見えにけり

  天界へ届く囀米寿美し  華凜

 金田志津枝さんは、私の母方の伯母である。教師だった彼女は幼い私に文学の
楽しさを教えてくれた師でもある。志津枝さんは花鳥諷詠の俳句をするために
生れて来たような人だと思う。彼女の話す声はまるで自然を賛美する囀のようで
ある。今私のもとに送られて来る志津枝さんの俳句は、天界にいる愛しい人達へ
届ける鎮魂歌である。
 愛する伯母へ                諷詠主宰 和田華凜

2021年11月の俳句

華凜主宰の俳句

月の秋

秋簾内緒話の京ことば

約束のしるしげんまん吾亦紅

月の秋女と書きてひとと読み

八千草の遊ぶ背山に妹山に

柝の入りて海に上るやけふの月

   喜界ケ島「平家女護島 俊寛」

俊寛の流刑伝説月の舟

別れの場裾を濡して月の波

流木にいま月光の届きたる

日に古色夕に古色や雁渡る

雑詠 巻頭句

四代目主宰は女流底紅忌

下橋潤子

句評 この度「底紅忌」が角川新歳時記にて新規立項季語となったことを受け、
祝句として詠まれた句と思う。曽祖父夜半の時代から四代の主宰のもと、諷詠にて
俳句の道をまっ直ぐ歩む作者に感謝。また「女流」と「底紅」に伝統を感じる。華凜 

雑詠 次巻頭句

ふるさとの利根よ筑波よ青田よと

金田志津枝

句評 望郷の心が溢れ出す。「利根よ筑波よ青田よ」とのリフレインが読み手の心を
打つ。俳句は詩である。この句を読み下ろすと、美しい青田と山河の景が目の前に
情感を持って広がる。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

吾の小指はなさぬ赤子秋日和

桧尾朋子

中谷まもる副主宰選

四つ辻は風の結び目赤とんぼ

黒田泰子

金田志津枝選

少年の石捨て帰る晩夏光

古山丈司

柳生清秀選

背戸誰も出這入り自由花カンナ

佐々木きぬ子

同行二人競詠五句 お題「鶴」

田村節子

鹿児島本線

神々の来給ふやうに鶴の来る

鶴守の小さき小屋より望遠鏡

鶴来る出水の人が好きなゆゑ

夫と妻寄添ひながら凍鶴に

鶴遊ぶ鹿児島本線行き来して

川合千鶴

鶴居村

一羽だけ外れし鶴のかうと啼く

丹頂の一斉に翔つ鶴居村

湿原は人を拒みて鶴の空

湿原にカムイぞ在し鶴の舞

鶴凍てる地平線まで白きなか

2021年10月の俳句

華凜主宰の俳句

底紅忌

瀧音を追ふ瀧音の早さかな

夏芝居仁左はほろ酔ひ鳶頭

鯔背なり仁左履く黒き祭足袋

ばさと邪気祓うて降魔扇風

亡き人の歳はとらざり水中花

過去帳に師の名加り夏椿

親子とは許し許され月涼し

月涼し命に限りあることも

文机に古し季寄や底紅忌

雑詠 巻頭句

風鈴の音だけ聞いてゐたき日も

寺西圭

句評 南部風鈴の透き通るような音が聞こえてくる。その音は作者の心の深い所まで
響いてくる。今日だけはこの美しい音だけを聞いて俗世のことは忘れていたい。
素直に詠んでいて誰の心にも響く秀句。 華凜 

雑詠 次巻頭句

日本海絵皿の如き大夕焼

黒田冬史朗

句評 作者は下関在住。「日本海」は玄界灘であろうか。「大夕焼」という大景を
「絵皿」に喩え、小宇宙を生みだした。巧みの技。燃えるような赤絵の皿が心に
見える。 華凜

誌上句会 特選句

和田華凜主宰選

やはらかき里の方言ねぶの花

佐々木きぬ子

中谷まもる副主宰選

白靴にしてはどうかと妻の言ふ

奥村芳弘

金田志津枝選

走馬燈修羅場と化する寸前で

井狩たかし

柳生清秀選

段ボール二枚を敷きて三尺寝

小田恭一